本号は、海外の利用者からの声や、海外での広報活動にスポットを当ててお送りします。
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南満洲鉄道株式会社関係資料の紹介
アジ歴で公開している資料は、国立公文書館・外務省外交史料館・防衛省防衛研究所戦史研究センターから提供されている、各行政機関が作成した文書や外交文書、陸海軍関係文書など、いわゆる公文書が主となっています。 しかし、実際にはそれらの中央官庁や軍部が作成した文書だけでなく、それらの機関と関わりのあった企業や団体などが作成した文書も数多く含まれています。
今回は、そうした中央官庁や軍部が作成した文書ではなく、戦前期に最大の企業と見なされていた南満洲鉄道株式会社(以下、満鉄)に関係する資料を紹介したいと思います。 その中でも、満鉄の出先機関としての“公所”ないしは“事務所”に関係する文書を紹介します。
満鉄は、日本が日露戦争後にロシアとの間で交わした日露講和条約に基づき、ロシアが満洲(現在の中国東北地域および内モンゴル自治区の一部)において所有していた鉄道のうち、長春から旅順までの間の路線を日本が引き継いだことにより、その鉄道を経営するために設立された国策会社です。 満鉄の業務は、鉄道経営のみでなく、炭鉱・港湾の経営、満鉄附属地における都市経営など多岐に亘りましたが、多くの場合、それらの業務を遂行するために中国当局、あるいはロシア(後にソ連)当局との交渉が必要となりました。 また、植民地経営を行う国策会社として、満鉄は自らを取り巻く政治情勢に気を配る必要があり、そのための情報を収集していました。 それを担っていたのが、各地の“公所”や“事務所”だったのです。
ここでは、外務省外交史料館提供の外務省記録に含まれている資料により満鉄の“公所”や“事務所”がどのようなものだったのか見ていきたいと思います。
最初に設置された“公所”は奉天公所であり、1909年5月に奉天城内に置かれました。 初代の奉天公所長は現役の陸軍軍人である佐藤安之助でした。 奉天公所は当初から長春駅と長春附属地の買収、安奉線(奉天―安東間)用地買収などについて、中国側との交渉に当たりました。 また、辛亥革命時には奉天の情勢に関する情報収集も行いました(※注1)。 例えば、奉天公所長の佐藤安之助は、安奉線用地買収に関し、清朝官憲と直接交渉を行っていました(レファレンスコード:B04010949800)(【画像1】参照)。
そうした奉天公所の活動について、在奉天総領事の小池張造は快く思っていなかったようです。 小池は1910年2月、奉天の満鉄公所が奉天総領事の外交活動を妨害しており、また中国側では外務省・関東都督府・満鉄の三権分立状態と揶揄されているとして、奉天の満鉄公所を撤廃するよう外務大臣小村寿太郎に要望しています(レファレンスコード:B10074556700)(【画像2-1】【画像2-2】【画像2-3】参照)。 小池はまさに、奉天において安奉線問題に関し、清朝側と外交交渉を行っていた人物だったため、上述のような佐藤の行動を快く思っていなかったことが伺われます。
他方、ハルビン(哈爾賓)においては1908年12月、ロシアが経営する中東鉄道(東清鉄道、東支鉄道とも称する)との連絡運輸交渉、運賃協定などのため、ハルビンに満鉄の出張所を設置するよう、在哈爾賓総領事川上俊彦が満鉄総裁中村是公に要望しています(レファレンスコード:B10074556500)(【画像3-1】【画像3-2】参照)。 しかし、満鉄はしばらくの間、ハルビンに駐在員を派遣するに止まり、哈爾賓公所を設置したのは1917年2月でした。 なお、哈爾賓公所は1923年4月に哈爾賓事務所へと改組されました(※注2)。 哈爾賓公所は、中東鉄道に関する中国側やロシア(ソ連)側の情報を収集したり(レファレンスコード:B10074592800)(【画像4】参照)、それらの情報を報告書にまとめたりしていました(レファレンスコード:B10074593700)(【画像5】参照)。
上述の奉天・ハルビン以外では、北京公所・鄭家屯公所(1918年1月)、吉林公所(1918年4月)、紐育(ニューヨーク)事務所(1922年1月)、斉斉哈爾(チチハル)公所(1922年7月)、上海事務所(1924年2月)、洮南公所(1924年6月)の7ヵ所に公所ないしは事務所が設置されました(※注3)。
これらの公所や事務所も、奉天・吉林・黒龍江各省の政治情勢や市況、物産に関する情報を収集し、大連の満鉄本社に報告しており、それらの文書の写しが外務省記録の中に多数含まれています。 ぜひ、各公所名・事務所名で検索してみてください。
上記のような満鉄公所や事務所が収集した情報が、実際の日本の外交交渉や対外政策にどれほどの影響を与えたかについては、専門的な研究が必要となりますが、これらの資料の存在は、満洲における日本の対外政策がきわめて多様な側面から形成されていたことを示していると言えるでしょう。
【注1】井村哲郎「辛亥革命と満鉄―奉天公所の情報活動を中心に―」(『東アジア―歴史と文化』第15号、2006年3月)。[↑]
【注2】井村哲郎「満鉄と情報活動」(『環東アジア研究センター年報』第4号、2009年3月)。[↑]
【注3】南満洲鉄道株式会社編『南満洲鉄道株式会社十年史』1919年、南満洲鉄道株式会社庶務部調査課編『南満洲鉄道株式会社十年史第二次十年史』1928年。[↑]
防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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戦争指導
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外交文書
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太平洋戦争の開戦に至るまでの経緯に関する文書等をまとめた資料群です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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戦争指導
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その他
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予想される連合軍の攻勢、連合軍との国力比較、国際情勢など調査検討をもとにまとめられた国防計画に関する資料をまとめた資料群です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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作戦指導
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大陸命
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日中戦争から太平洋戦争にわたるまで大本営陸軍部の扱った奉勅命令をまとめた資料群です。
各局面の作戦に基づいてどのような部隊編制がなされていたのかを知ることができます。
また、[陸軍一般史料>中央>部隊歴史>全般]の資料と併せて見ることで、外地部隊の動向をより詳細に把握することができます。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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作戦指導
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大陸指
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日中戦争から太平洋戦争にわたるまでの大陸命に基づいて参謀総長から発せられた指示をまとめた資料群です。
各局面の作戦に基づいてどのような部隊編制がなされていたのかを知ることができます。
また、[陸軍一般史料>中央>部隊歴史>全般]の資料と併せて見ることで、外地部隊の動向をより詳細に把握することができます。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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部隊歴史
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師団
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近衛師団をはじめとする各師団の概要ならびに沿革をまとめた資料群です。
ちなみに師団とは、統率・経理・衛生などの各機能を備えた、歩兵・騎兵・砲兵・工兵・輜重兵など各部から構成された編制単位です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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中央
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部隊歴史
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旅団
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歩兵旅団、野砲兵旅団などの各旅団の概要と沿革をまとめた資料群です。
旅団とは、師団の次位にくる編制単位で、特別に諸兵科の部隊から編成される独立混成旅団もありました。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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南西
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全般
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太平洋戦争において、東南アジア方面全陸軍部隊を統括した南方軍に関する資料群です。
主に、マレー作戦、ビルマ作戦、フィリピン作戦、蘭印作戦などの作戦計画や作戦記録などの資料が収められています。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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南西
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ビルマ
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ビルマ方面作戦部隊である第15軍を初めとして、南方軍戦闘序列に編入された各師団の戦闘記録をまとめた資料群です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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南西
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泰・仏印
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日本陸軍のタイ(泰)王国進駐、フランス領インドシナ進駐の作戦記録等をまとめた資料群です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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南西
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軍政
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第25軍軍政顧問であった徳川義親が寄贈したシンガポール(昭南)に係る南方軍政関係資料(徳川資料)を中心とする資料群です。
マレー(馬来)・スマトラ地域における軍政関係等の資料が含まれています。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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比島
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防衛
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フィリピン占領後における抗日ゲリラとの戦闘に関する陣中日誌ならびに各憲兵隊関係史料、フィリピン奪回を目指す連合軍との戦闘(捷1号作戦)経過等についてまとめた資料群です。
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防衛省防衛研究所
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陸軍一般史料
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文庫
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宮崎
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戦前、大本営陸軍部作戦部長を務めた宮崎周一寄贈による資料群です。
日露戦争前から太平洋戦争終戦の時期にかけての国防政策に関する文書、参謀本部草案資料などが含まれています。
また戦後、宮崎氏は第一復員省史実調査部長を務めたことから、同部作成による復員関係資料等も含まれています。
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防衛省防衛研究所
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海軍一般史料
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③大東亜戦争
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南西
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オランダ領東インド・ジャワ・ボルネオ、フィリピン、イギリス領マラヤ・シンガポール等の南西方面における海軍作戦記録をまとめた資料群です。
[陸軍一般史料>南西]の資料と併せて見ることで、各作戦の全体像をうかがい知ることができます。
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アジ歴資料を活用した私の体験 <ルーマニア・ブカレスト在住 イオン・スクンピエル(元外交官)>
私が日本の外務省外交史料館のアーキビストの紹介で、アジア歴史資料センターのデジタルアーカイブを知ったのは2007年でした。
アジ歴のウェブサイトにアクセスするようになってから、ほどなくして、他の研究者の方と同じく、私にとってもこのアーカイブがいかに有用かということがわかりました。 また、多くの時間や体力ならびにお金を使って日本へわざわざ足を運ぶことなく、私の母国であるルーマニアにいながら、関心のある資料を調査できるのです。
さらに研究者にとって大きなメリットとなっているのが、アジ歴が国立公文書館の所管でありながらも、国立公文書館、外務省外交史料館、防衛省防衛研究所戦史研究センターという3機関のそれぞれの資料をまとめて公開していることです。 つまり、各機関が保有する資料を、それぞれの機関に赴いて調査する必要がないのです。 幸いにも、アジ歴は日本とアジア近隣諸国等の歴史に関する資料だけではなく、その他の地域の国々との歴史に関する資料も広く公開しています。 むしろ、「アジア歴史資料センター」というよりも、「歴史資料センター」に名称を変えた方がよいかもしれません。
外交史料館が逐次公開する資料もそうですが、1945年以前の資料については全てを、アジ歴で公開していくこと方が望ましいでしょう。 また、あくまでも法的に許される範囲内ではありますが、1945年以後に作成された資料についても、アジ歴が同館に提供を求めていくことを、研究者は願っています。
私は、長年、ルーマニアと日本の友好関係を促進する外交官として尽力してきたこともあって、現在に至るまで両国がどのように交流し意見交換を行ってきたのか、というルーマニアと日本の交流史をテーマとして、研究にのめり込むようになりました。
当初は、私自身、日本語でアジ歴の資料を検索するぐらいは、なんともないだろうと高をくくっていましたが、大阪で日本語を勉強し、北京大学で中国語を学習した私でも、とりわけ明治期や大正期からの草書体で書かれた資料を読んで理解するには、とても時間がかかりました。
外交にまつわる独自の言葉や言い回しだけではなく、漢字を解読するには大変な困難が伴いました。そこで、私は自らの文書の読解を補うために、用語集を作りました。 あくまでも私個人の考えではありますが、資料の件名ごとに英語でサマリーを付けたり、公文書で使用される文語など、特有な言葉や言い回しについても、アジ歴のウェブサイトにガイドを掲載した方が得策かもしれません。 また、ありとあらゆる辞書を引いたのですが、文書に出てくる日本人の姓名や様々な地名のスペルを理解することは非常に難しかったです。
つぎに、資料検索の方法についてですが、私は「キーワード検索」「五十音検索」や「レファレンスコード検索」などを使いました。 思うに私にとって一番良い検索方法は、みなさんご存じかもしれませんが、資料の件名ごとに付されたレファレンスコードによる検索でした。
アジ歴は、研究者のみなさんが探している研究対象国以外の関連文書も効率よく調査できる可能性を有しています。 上記のような調査から、皆さんは重要な情報を得ることができ、各国の資料を相互に関連づけたり、比較することが可能となるのです。 私の場合は、日本とルーマニアの交流と、バルカン地域に限らず、中央ヨーロッパから東ヨーロッパの国々と日本の交流も比較することができました。
また、日本の歴史上の主だった出来事に関して、アジ歴がインターネットで公開する常設展示や特別展の資料や写真資料は、研究者にとって、レファレンスとしても重要な役割をはたしているといえます。 こうした一連の取り組みを、別のテーマや他の国々や地域へと拡大していくのもよいかと思います。
また、アジ歴の資料にはたくさんの地図や刊行物様々な歴史上の人物、場所そして出来事にまつわる写真なども含まれていることも、アーカイブそれ自体の価値を高めているといえるでしょう。
寛大にも、アジ歴の資料画像自体を複製したり出版することも無料でできるので、本当に感謝しています。 私の著作である『ルーマニア―日本関係 133年』(133 years of relations, Romania-Japan )はアジ歴資料を充分に活用させて頂きました。 その上、このような寄稿文を発表する機会を得ましたことを大変感謝しております。
・韓国ソウル大学校及び国民大学校でのアジ歴紹介(2014年6月10日~11日)
2014年6月、アジ歴では大韓民国の2つの大学で、波多野センター長による講演と、平野研究員によるアジ歴紹介を行いました。 1つめは、6月10日に、国立ソウル大学校人文学部シンヤン学術館で、同学の日本研究所の主催によって開かれた講演会でした。 参加者は、日本研究所の教員、大学院生、学生といった方々で、延べ30名強でした。 2つめは、6月11日に、私立国民大学校日本学研究所で開催されたセミナーで、こちらも同研究所の教員、大学院生、学生の方々16名の参加がありました。
アジ歴紹介では、センターの成り立ちや事業の概要についてパワーポイントによる解説を行った後、実際にアジ歴にアクセスし、資料の検索や閲覧を実演しました。 紹介した資料は、国立公文書館の「朝鮮総督府刊行物」から、慶州の史跡に関する調査報告や「朝鮮人名辞書」等、外務省外交史料館の「外務省記録」から、明治元年の対馬守と朝鮮の朝廷とのやり取りや、明治8年の江華島事件から明治15年の壬午事変、明治17年の甲申政変、そして日清戦争開戦に至る朝鮮での様々な出来事をめぐる外交文書等、防衛省防衛研究所の「陸軍一般史料」から、朝鮮駐箚軍(後に第17方面軍)の編纂した「韓国沿道誌」や「朝鮮陸図(1/5万)」等です。
アジ歴を既に知っていたという参加者は、ソウル大学校では約半数、国民大学校では4分の1でしたが、中には、これまで研究上でアジ歴をよく利用してきたという方もありました。 どちらの会場の参加者からも、戦後期の資料の公開予定はないのか、という質問が寄せられたほか、拓務省関係資料や植民地期朝鮮の法制度に関する資料など、具体的な資料の公開状況についての質問もありました。 多くの参加者からアジ歴に対する強い興味が示され、韓国にいながら日本の歴史的公文書を閲覧することができ、しかもその中には韓国の歴史にも深く関わる資料が数多く含まれているということからも、今後のアジ歴の資料公開について期待が寄せられていることが感じられました。
・2014年度AASアジア大会(於シンガポール)への参加(2014年7月17~19日)
AAS(Association for Asian Studies:アジア研究学会)はアジア地域を専門分野とする研究者の学術交流・情報交換などを目的とした北米を拠点とする学術団体です。 AASのアジア大会は、今年度から新たに始められた試みであり、今回のシンガポールに続き、2015年度は台北、2016年度は京都で開催される予定です。
今回のアジア大会はシンガポール国立大学で開催され、2つの基調講演と80のパネルセッションが行われました。 今大会の参加者は、3日間で約600人に上りました。
アジ歴はパネルセッションが行われた主会場の展示スペースにおいてブースを出展し、広報活動を行いました。 アジ歴ブースには各セッションの合間、あるいは昼休みの間に多くの来訪者がありました。 ブースでは、アジ歴リーフレット、広報グッズを配布しながら来訪者に説明を行うとともに、アジ歴データベースについてのアンケート調査も実施しました。
アジ歴のブースの様子
来訪者の中には、すでにアジ歴データベースを利用しているという研究者も多くいましたが、中にはアジア関係の歴史を研究していても、アジ歴の存在をまったく知らなかったという研究者・大学院生もいました。 今回の広報活動は、上述のように新規の利用者を開拓でき、またアンケートの実施によってユーザーの要望を知ることができ、非常に有意義なものとなりました。
・国 外
9月17日~24日
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EAJRS(日本資料専門家欧州協会)総会(於:ベルギー、ルーヴェン・カトリック大学)でのブース出展及びワークショップ開催、インターネット特別展についての大英図書館との共同セッション
/大英図書館との意見交換・所蔵資料調査(英国、ロンドン)
/ダックスフォード帝国戦争博物館との意見交換・所蔵資料調査(英国、ダックスフォード)
/ロンドン帝国戦争博物館との意見交換・所蔵資料調査(英国、ロンドン)
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・国 内
10月2日
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富山市市民大学(富山市民プラザ)における講演
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10月22日
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泉州・紀北ミュージアムネットワーク(大阪府立弥生文化博物館)でのプレゼンテーション
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10月22日
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東京都市町村立図書館協議会(東京都立多摩教育センター)でのプレゼンテーション
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11月6日
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第16回図書館総合展(パシフィコ横浜)での広報活動
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11月17日
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福岡県公共図書館等職員レファレンス研修(福岡県立図書館)でのプレゼンテーション
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11月19日
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第62回大阪府公共図書館協会(大阪市立中央図書館)でのプレゼンテーション
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11月20日
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広島県歴史民俗資料館等連絡協議会(廿日市市宮島市民センター)でのプレゼンテーション
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11月28日
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鳥取県ミュージアム・ネットワーク研修会(鳥取県立博物館)でのプレゼンテーション
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11月4日
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大英図書館日本部司書大塚靖代氏
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シンガポールにおける日本関係資料所蔵状況
2014年7月のシンガポール出張に際し、松尾資料情報専門官と大野研究員が以下の4機関を訪問し、日本関係資料の所蔵状況および資料のデジタル化について聞き取り調査を行いました。 今回訪問した4機関の状況は以下の通りです。
・シンガポール国立大学中文図書館(Chinese Library)(→ウェブサイト)
シンガポール国立大学の図書館が所蔵する日本関係資料は、もともと同大学の中央図書館が管理していましたが、2003年に中央図書館の日本関係図書部門が中文図書館に移されるとともに、日本関係資料も併せて同館に移管されました。
中文図書館では、特に東南アジアに関係する日本語図書を収集・所蔵しています。 戦前期の日本語図書としては、新嘉坡日本人会編『新嘉坡概要』(1923年)、同『新嘉坡日本人会会報』(第21号・1936年)、新嘉坡日本人倶楽部編『赤道を往く:新嘉坡案内』(1939年)などが所蔵されています。
日本軍によるシンガポール占領後、日本軍が接収したThe Straits Times の社屋や印刷設備を利用して発行された英字新聞Syonan Times (のちSyonan Shimbun) は1942年2月分から1945年9月分まで所蔵されています。
中文図書館の閲覧室
日本語資料以外の戦前期の資料としては、シンガポールで発行されていた中国語新聞『叻報』や『中興日報』、『総滙新報』等、中国語の定期刊行物、学校や宗教団体が発行していた中国語パンフレット類などが所蔵されています。
これらの戦前期の資料がどのような経緯で所蔵されるに至ったかは明らかではありませんが、資料に押印されている蔵書印から、シンガポール国立図書館の前身のラッフルズ図書館、1980年にシンガポール国立大学に統合された南洋大学図書館などから移管されたものも含まれていると思われます。
上述の日本語資料・中国語資料は、すでに目録はすべてデジタル化されており、その多くが全文をデジタル画像で閲覧することができます。
同館を含むシンガポール国立大学図書館では所蔵資料のデジタル化を積極的に進めており、中文図書館でも随時資料のデジタル化を行っています。 デジタル化する資料の優先度については、1945年以前の東南アジア関係資料および華僑関係資料を最優先にしており、特に古いものから順にスキャニングの作業を行っています。
インターネット上で閲覧できる日本語資料および中国語資料は、以下のサイトで全文が公開されており、上述の『新嘉坡概要』(1923年)、『赤道を往く:新嘉坡案内』(1939年)、中国語新聞等もデジタルで全文閲覧が可能です。 なお、Syonan Times (Syonan Shimbun) は現在のところデジタル化は行っていません。
・南洋理工大学華裔館(Chinese Heritage Center)王賡武図書館(Wang Gungwu Library)(→ウェブサイト)
王賡武図書館は南洋理工大学華裔館の一部門として運営されており、主に華僑・華人研究に関する資料を所蔵しています。 華裔館は、それ自体がかつて華僑により設立された最初の、かつ唯一の中国語による高等教育機関として存在した南洋大学の記念碑となっている旧南洋大学管理棟の建物を利用しています。 同建造物は、1999年12月18日に国家的記念碑として登録されました。
同館の所蔵資料は、主として寄贈された書籍および定期刊行物であり、その名を冠しているシンガポール国立大学教授兼東亜研究所(East Asian Institute)所長である王賡武氏、著名な研究者である崔貴強氏、シンガポール南洋女子中学校、シンガポール華僑中学校などからの寄贈資料で構成されています。
同館の所蔵資料は、米国議会図書館の分類法に基づいて整理されており、すべての資料はテーマ別に書棚に並べられています。 いくらかの日本語資料に加え、同館の特別コレクションとして「早期課本特蔵(早期教科書特別コレクション)」があります。 同コレクションは、20世紀中に中国および東南アジアの華僑学校において使用されていた1200冊以上の教科書と教育用参考図書から構成されています。 同コレクション中には、日本占領期に発行された内堀雅文著『日本語読本』(商務印書館・1943年9月)のような日本語教科書も含まれています。
戦後期の教科書としては、例えば甘友蘭著『日本通史』(香港自由出版社・1957年)があります。 同書は中国語で書かれた日本史学習用教科書ですが、シンガポールにおいては1980年代以降、すべての学校で教育には英語を用いることに統一されたため、中国語の教科書は使用されなくなりました。
その他の中国語資料としては、第二次世界大戦後に発行されたものとして、中央改造委員会党史史料編纂委員会編『総理全書』(台北・1951年9月)があります。 同館には『総理全書』に加え、7冊の孫文関係資料が所蔵されています。
華裔館の正面
新聞資料については、同館では全世界から寄贈された中国語新聞を収納したものが数ケースあり、それらのほとんどは1980年代以降に発行されたものです。 古いものとしては、1947年発行の『中央日報』も所蔵しています。 定期刊行物としては、いずれもシンガポールで発行されていた『南洋年鑑』(1939年版・1951年版)、『南洋学報』(1940~1998年)、『南洋月報』(1950年)、『南洋研究』(1959年)、『南洋文摘』(1960~1974年)などを所蔵しています。
なお、資料のデジタル化については、現在のところ行っておらず、当面計画もないとのことです。
・シンガポール国立公文書館(→ウェブサイト)
シンガポール国立公文書館では、日本軍が作成した文書ないしは日本占領期の行政文書等はほとんど所蔵していません。 その理由として、シンガポール攻略時に司令官であった山下奉文が持ち去ったこと、敗戦時に日本軍が多くの文書を焼却したことなどが考えられます。 同館ではそれを補うため、オーラルヒストリーの記録およびその他資料の収集に力を入れています。 オーラルヒストリーの記録については約4000人分があり、そのうち日本占領期に関するものは約400人分があります。 日本占領期に関するオーラルヒストリーとしてのインタビュー対応者には、中国系住民、マレー系住民、インド系住民のほか、英国人、オーストラリア人、日本人が含まれています。
また、同館では、日本占領期の日本人社会やシンガポールの街の様子、マレー半島の風景などを撮影した写真資料も所蔵しています。 それに加え、同館では個人コレクションの寄贈も受け入れており、その中には、例えば日本軍が発行した軍票(バナナマネー)などの物品資料も含まれています。
シンガポール国立公文書館は、上述のような歴史資料のみでなく、国家的・歴史的に重要と判断された各省庁の行政文書についても管理・所蔵しています。 各省庁は、国立図書館委員会法(National Library Board Act)に基づき、アーカイブとして長期保存する価値がある文書を移管することが求められています。 どの文書を保存し、どの文書を廃棄するかについての評価は、国立公文書館と各政府機関との間で協力して行われることとなっています。
シンガポール国立公文書館のオールドフォードファクトリー
同館では、各省庁の文書のうち、紙媒体で保存しているのは全体の約5%です。 その理由としては、シンガポールの国土面積の狭さがあり、保存するスペースを確保することが重要な問題となっています。 多くの文書はデジタル化、ないしはマイクロフィルム化されています。 それらの文書は作成から25年が経過すると“Public Archives”となり、移管元の機関が認めることを条件として、閲覧のため一般に公開されます。 機密扱いを解除された文書については、同館の閲覧室で閲覧が可能となっており、教育および研究目的の場合は、移管元の各機関から複製を作成することも許可されています。 商業目的の場合には、複製のための許可が必要となっています。
資料のデジタル化については、同館では2014年3月から上述のオーラルヒストリー資料(インタビュー記録)をデジタル化したものを、インターネット上で公開しています。 オーラルヒストリーのインタビュー記録は、もともとアナログのフォーマットに記録されていましたが、永続的な保存のためにデジタル化され、インターネット上での公開はMP3形式を採用しています。 オーラルヒストリー資料については、以下のリンクから検索することができます。 例えば、“Japanese Occupation”というキーワードで検索すると、日本占領期を経験した人のインタビュー記録を検索することが可能です。
→シンガポール国立公文書館ウェブサイト:オーラルヒストリー資料のページ
デジタル化された写真資料については、シンガポール国立公文書館のコレクションのみでなく、英国国立公文書館やインド国立公文書館が所蔵するインド国民軍(Indian National Army)関係の写真、オーストラリア戦争記念館が所蔵する第二次世界大戦期の写真、シンガポール日本人会が所蔵する写真など、他機関が所蔵するものも閲覧することができます。 以下のリンクから同館のウェブサイトを開き、それらの写真資料を検索することが可能です。 詳細検索(advanced search)の機能を利用すれば、原資料の所蔵館(source)を指定して検索することもできます。 また、例えば日本占領期のものについては、“Japanese Occupation”のキーワードで検索すると、関連する写真および図画資料を閲覧することが可能です。
なお、同館では上述の寄贈された個人コレクションについても、今年度中にデジタル化を完了する予定です。 しかし、多くの資料は個人情報および著作権による制限があり、オンラインでは公開しないこととなっています。
・シンガポール国立図書館(→ウェブサイト)
シンガポール国立図書館では、日本関係資料として、日本語資料を含む日本占領期関係資料を中心に所蔵しています。 また、第二次世界大戦終結以降の日本語図書も多く所蔵しています。 それらの日本語資料は、Lee Kong Chian Reference Libraryと称されている同館の7階から13階までのスペースに所蔵されています。 Lee Kong Chian Reference Libraryは、同館の重要な支持者であったLee Kong Chian氏(1893-1967)を記念した図書館です。 彼の財団は現在も寄贈や資金提供という形で同館のサポートを続けています。
同館の所蔵資料の中で、第二次大戦終結以前の資料は相対的に少ないですが、日本語資料に限定すると日本語学習用の教科書などが所蔵されています。 日本語学習用の教科書としては、倉金良行著『昭南日報叢書 日本語図説』(1942年)、馬来軍政監部文教科編『普通公学校用 日本語』(1944年)、岡本泰雄編『日本語速成教本 コクゴノホン』(昭南本願寺日本語塾1942年)があります。 その他の日本語資料としては、南洋協会新嘉坡商品陳列館『南洋之産業』(1920年)もあります。 これらの日本語資料は、一部は同館設立時から所蔵されていたものであり、また一部は寄贈されたものです。
日本の占領期に出版・発行されていた日本語以外の資料としては、英字新聞Syonan Times (のちSyonan Shimbun )があり、1942年2月分から1945年9月分まで所蔵しています。 また、同じく日本占領下で発行されていた英語新聞としてThe Young India (1943年7月‐12月)があります。 英語の図書としては、軍政監部・昭南特別市編The Good Citizen's Guide, Handbook of Declarations, Orders, Rules and Regulations etc. (昭南新聞社・1943年)があります。
日本占領期の中国語資料としては、日本占領期に『星洲日報』に代わって発行されることとなった中国語新聞『昭南日報』(1942年2月21日‐1944年5月31日)、中国語定期刊行物『昭南画報』(陳日輝編・1942年)、中国語図書『昭南島新生一年間』(昭南日報出版社編1943年)が所蔵されています。
シンガポール国立図書館
文書資料としては、Koh Seow Chuan氏より同館に寄贈された日本占領期(1942-1945)の文書コレクションがあります。 それらの文書中には、財産目録証書・領収証・報告書などが含まれています。 地図資料としては、1944年に発行された『ジョホール・昭南島』地図など、シンガポールに関係する地図を何点か所蔵しています。
同館では、貴重図書のコレクションについてデジタル化を積極的に進めており、前出の軍政監部・昭南特別市編The Good Citizen's Guide, Handbook of Declarations, Orders, Rules and Regulations etc. 、Koh Seow Chuan Collection Documents from Japanese occupation of Singapore, 1942-1945 、地図資料『ジョホール・昭南島』、中国語図書『昭南島新生一年間』はすべてデジタル化が完了しています。 ただし、上記のデジタル化資料はいずれも著作権法の関係から、インターネット上での公開は行っていません。 また、英字新聞Syonan Times(Syonan Shimbun) についてもすでにデジタル化されていますが、発行者とコンタクトが取れないため、インターネット上では公開していません。
シンガポールでは、デジタル画像をインターネット上で公開する場合、該当する資料がパブリック・ドメイン適用となっていること(著者の死後70年が経過していること)を証明するか、あるいは該当資料を発行・出版した会社から特別な許可を書面で得ていることが必要となります。 上記の資料はいずれの条件も満たしていないため、インターネット上での公開はされておらず、同館内でのみ閲覧可能となっています。
期 間
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イベント名
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備 考
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1月10日~2月7日
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平成26年度 第4回企画展 明治の学び
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明治時代、近代化の途を歩みはじめた日本。
国家を支える人材を如何に育成するかが課題となりました。
今回は、明治時代の教育に関する法令や制度、小学校で使われた教材など、さまざまな「学び」をご紹介します。
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期 間
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イベント名
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備 考
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リンク
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2014年9月24日
~2015年5月8日 |
特別展示「マッサン展 ―マッサンと呼ばれ愛された政孝の琥珀色の夢と青いバラのものがたり―」
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日本とスコットランドは現在まで続く親密な関係があります。
外交史料館で開催される今回の特別展示では、日本・スコットランドとの交流を下地としつつ、体現者である竹鶴政孝・リタ夫妻の足跡を紹介します。
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【編集後記】
今回のアジ歴ニューズレターでは、ルーマニア在住の利用者の方から、アジ歴資料の活用事例をご寄稿いただきました。
また、シンガポールにおける関連資料の所在情報をご紹介いたしました。
次号以降も引き続き利用者の皆様に役立つ情報をお届けしていきたいと考えております。
どうか今後ともご愛読頂けますようよろしくお願いいたします。
次号は3月下旬にお届けする予定です。
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