日露戦争特別展2 開戦から日本海海戦まで激闘500日の記録
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用語集

人名 地名 組織・制度 条約・協定 その他

海軍・陸軍(かいぐん・りくぐん/Navy, Army)

大日本帝国には、海軍と陸軍の二つの軍事組織がありました。 明治の初めごろは兵部省という一部局が海軍・陸軍を統括していましたが、日露戦争期は海軍と陸軍はそれぞれ独立した組織になっていました。

戒厳令(かいげんれい/Martial law)

戒厳とは、戦争などの非常事態において、立法・司法・行政に関する事務処理を軍隊の統制下に移す処置です。 この戒厳をおこなうという宣告が、「戒厳令」です。 日露戦争では、日比谷焼打事件が起こった際などに戒厳令が宣告されました。

貴族院(きぞくいん/House of Peers)

大日本帝国の国会は、貴族院と衆議院に分かれていました。このうちの貴族院は、自動的に議員とされる満18歳以上の皇族男子に加え、やはり自動的に議員とされる満25歳以上の公爵・侯爵、互選によって選ばれた満25歳以上の伯爵・子爵・男爵といった華族議員、国家に対して功労のある、あるいは学識のある30歳以上の男子の中から天皇が任命する勅選議員、高額納税者から互選によって選ばれた議員などによって構成されていました(時期によって制度は異なります)。位置付けとしては、イギリスの議会の上院に近いものです。

軍政(ぐんせい/Military administration)

軍隊の維持管理、例えば軍隊の構成や給与などにかかわる行政措置のことです。

軍令(ぐんれい/Military command)

軍隊の運用、特に戦争における作戦の指導のことです。

軍令部(ぐんれいぶ/Naval General Staff Office)

正式には海軍軍令部といいます(昭和8年(1933年)から軍令部と改称)。 天皇に直属する海軍の軍令機関です。 日露戦争では、沿岸防備、艦隊配備といった国防計画や作戦を担当しました。

元老(げんろう/Elder Statesman)

首相の任免や宮中に関する事柄について、天皇の顧問として発言する国家の実力者です。 日露戦争期の日本の元老は、伊藤博文山県有朋などの人々でした。 元老は、必要に応じて会合を設け、国家のさまざまな重要課題を討議しました(元老会議)。

御前会議(ごぜんかいぎ/Imperial Conference)

大日本帝国における重大な政治問題を討議するために行われた、天皇が出席して重臣や大臣と会合する会議です。 例えば他国との外交交渉や宣戦布告などについての方針を決めるため、不定期に開催されました。

国交断絶(こっこうだんぜつ/Breaking of diplomatic relations)

国家間の外交関係が絶たれることです。 日本は明治37年(1904年)2月6日、ロシアとの国交を断絶し、ロシアに駐在していた外交官を引きあげました。

参謀本部(さんぼうほんぶ/Army General Staff Office)

天皇に直属する陸軍の軍令機関です。日露戦争では、国防計画ならびに陸軍部隊の作戦を担当しました。

衆議院(しゅうぎいん/House of Representatives)

大日本帝国の国会は、貴族院と衆議院に分かれていました。このうちの衆議院は、国民の選挙(有権者は年額50円以上の国税を納める25歳以上の男子)によって議員となった人々によって構成されていました。 位置付けとしてはイギリスの議会の下院に近いものです。

詔勅(しょうちょく/Imperial Rescript)

天皇が皇室や国の大事に関して表明した意思を書き記したものの総称で、宣戦などに関する詔書もこの一種です。 詔書には御名(ぎょめい:天皇の名)と御璽(ぎょじ:天皇の印)が付され、内閣総理大臣の年月日記入、国務大臣の副署を行ってから公布されました。

枢密院(すうみついん/Privy Council)

大日本帝国憲法下で設置されていた天皇が政治を執り行う際の最高諮問機関です。 枢密院は閣僚や高級官僚などで構成されており、天皇の質問に応じて国家の重大案件を審議した後、天皇に助言を行いました。

宣戦布告(せんせんふこく/Declaration of war)

ある国に対する戦争を開始するという意志を宣言することです。 日本は明治37年(1904年)2月10日にロシアに対して、ロシアも同日に日本に対して宣戦を布告しました。

租借(そしゃく/lease)

ある国の領土の一部を、条約によって他の国が借りることです。 租借期間中の租借地における行政・立法・司法権は租借国がもち、ときには軍隊を駐留させることもありました。

大使・公使(たいし・こうし/Ambassador, Minister)

ある国が他国に派遣する常駐の外交官です。大使、公使では地位や役割が異なりますが、一様に外交特権といわれる特別な待遇を受けます。 外交特権とは、赴任国の警察に逮捕されない、赴任国の官権によりその住居や文書が侵されないなどの保護により、赴任国の恣意により、職務が妨害されないということです。

大本営(だいほんえい/Imperial Headquarters)

天皇が指揮をとる、戦争時の最高統帥機関です。 日露戦争においては、宣戦布告の翌日にあたる明治37年(1904年)2月11日に、宮中に設置されました。

台湾総督(たいわんそうとく/Governor General of Taiwan)

明治28年(1895年)の日清講和条約によって、台湾は清国から日本に割譲され、昭和20年(1945年)まで日本領とされていました。 当地には行政府として総督府が置かれ、その最高責任者である総督には、陸海軍大将・中将が任命されました。

勅令(ちょくれい/Imperial Ordinance)

勅令とは、議会で成立する法律とは別に、例えば官制・官吏の任免などの国事に関して天皇が発する命令です。 勅令は、御名(ぎょめい:天皇の名)と御璽(ぎょじ:天皇の印)が付され、国務大臣の副署を行ってから公布されました。

直隷総督(ちょくれいそうとく/Governor General of Zhili)

清国の制度では、いちばん大きな行政区分である「省」の長官は総督でした。 直隷総督は、北京周辺の直隷省(今の河北省)を統治した長官です。 そのオフィスである直隷総督署は今の保定市に置かれていました。

統監府(とうかんふ/Resident General's Office)

明治38年(1905年)11月17日に締結された第2次日韓協約(韓国保護条約)によって保護国とした大韓帝国に対し、日本が自らの「保護権」を行使するために作った機関で、明治39年(1906年)に設置されました。

バルチック艦隊(ばるちっくかんたい/Baltic Fleet)

日露戦争期のロシア海軍の艦隊です。本来はバルト海に配備されていた艦隊で、これを日本側は「バルト艦隊」「バルチック艦隊」と呼びました。日露戦争中には、その主力である第2太平洋艦隊と、残りの艦船の一部からなる第3太平洋艦隊がそれぞれ極東方面に向けて出撃し、東南アジアで合流しました。一般的には、とくにこれを指して「バルチック艦隊」と呼びます。この艦隊は、日本海海戦で日本の連合艦隊と戦って壊滅しました。

保護国(ほごこく/protectorate)

外交権を奪われ、対外的に独立国家ではなくなった状態にある国家のことです。

南満州鉄道株式会社
(みなみまんしゅうてつどうかぶしきがいしゃ/South Manchurian Railway Co., Ltd.)

略して「満鉄」と呼ぶこともあります。 日露講和条約により、日本はロシアから東清鉄道の支線のうち、長春―大連間の鉄道施設と経営権を譲り受けました。 その際に設立された半官半民の国策会社です。 中国東北地区において鉄道経営を中心に、炭鉱開発、製鉄業、港湾、農林牧畜に加えて、ホテル、図書館、学校などの整備を行い、中国東北地区に対する日本の支配において重要な役割を果たしました。

連合艦隊(れんごうかんたい/Combined Fleet/General Fleet)

日本海軍の組織の一つです。 日露戦争期の日本海軍は、艦隊あるいは戦隊といわれる(2隻以上の軍艦を含んでいる)集団で構成されていました。 そうした艦隊や戦隊は、戦争状態や演習などでは、大きな一つの集団として編成されました。 これを連合艦隊といいます。
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