公文書に見る 日米交渉 〜開戦への経緯〜
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 ●日米交渉当時の通信における暗号使用
 暗号とは、通信の内容が当事者だけに理解されるように用いられた特殊な記号や文字のことです。日米交渉当時、日本の外務省や陸軍、海軍などの機関はそれぞれ独自の暗号を用い、また、日本以外の各国も通信の際に暗号を使っていました。しかし、時としてこうした暗号が第三者に解読されてしまうこともありました。

 当時のおもな通信手段としては、電報のように電波によって送るものと、手紙のように実際の紙面で送るもの、そして電話がありました。電報や手紙の内容を暗号に置き換える(暗号化といいます)ときには、文字や言葉をほかの文字や記号に換えたり、文字列を並べ替えたりするかたちがとられました。通常の文章(平文といいます)で書かれた文書が、このようにして暗号に置き換えられた状態で発され、これが通信相手に受け取られてから、再び暗号から通常の文章(平文)のかたちに直される(復号化、あるいは解読といいます)までの一連の手順を簡単に示すと以下のようになります。なお、電話を使ったやり取りの暗号化については、用語をまったく異なる言葉に置き換える「隠語」と呼ばれる手段がとられるのが一般的でした。

〔文書を発する側〕            〔文書を受け取る側〕

平文 ⇒ 暗号化 ⇒(発)〜通信〜(着)⇒ 復号化 ⇒ 平文


 電波は機材(受信機)と一定の技術を持っていれば、たとえ本来の通信相手でない第三者でもこれを受け取ることが出来ました。また、手紙もやはり第三者の手に渡ってしまう可能性がありました。したがって、そのような状況になっても、電報や手紙の内容がそれを手にした第三者に知られてしまうことのないように、本来の当事者(発した人と本来受け取るべきだった人)だけが理解することのできる暗号が不可欠だったわけです。しかし、日米交渉当時のように国際社会が緊張状態にある中では、それぞれの国が他国の中で取り交わされている情報を知ろうと、他国の用いている暗号の解読に熱心に取り組んでいました。このため、ある国で発した電報や手紙が他国の手に渡り、その内容が理解されてしまうという事態が起こったわけです。こうした事態への対処として、各国では、解読されてしまった暗号を用いることによって再び通信内容が知られてしまう、ということは避けられるように、短い期間で暗号を取り替えるなどの努力をしていました。
 当時の日本における暗号使用や、他国の暗号の解読に関しては、以下のような資料があります。

資料1:C01005491900 機密書類進達の件(暗号書関係)(2画像〜13画像)
「昭和十二年度十六師団戦用暗号書整備規定」
画像資料
資料2:B02030750400 5 昭和16年12月1日から昭和16年12月6日(1画像〜14画像)
画像資料
資料3:C01004818300 「モスコー」気象報放送用暗号翻訳要領の件(1画像〜5画像)
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 資料1は、昭和12年度(1937年度)の陸軍の第16師団における暗号書の整備規定です。ここには、第16師団の各部隊が使用する暗号書の一覧が含まれています。「暗号書」とは、平文を暗号文に、逆に暗号文を平文に換えるための方法を記した書類のことです。暗号書名に含まれている「甲ろ号」「乙ろ号」「い号」などは、それぞれの暗号書で扱われている暗号の番号を示したものです。
 資料2は、昭和16年(1941年)の12月1日から6日にかけて、ハル米国務長官からグルー駐日アメリカ大使に宛てて送られた暗号電報の内容を、日本側が解読したものです。冒頭部には、「極秘 一、用済後焼却スへシ 二、本情報ノ利用ニハ注意ヲ要ス」「国家機密」という注記があります。このほかにも、『日、米外交関係雑纂/太平洋ノ平和並東亜問題ニ関スル日米交渉関係/「特殊情報」綴』には、日米交渉当時の日本側による他国の外交電報の解読文書が収められており、アジア歴史資料センターでも公開されています。
 資料3は、昭和15年(1940年)に陸軍気象部が、当時のソ連で使われていた「モスコー気象報放送用暗号」の「飜譯」(翻訳)に成功した事とその詳細について、東条陸軍大臣に報告したものです。資料中には「乱数表」という用語が出てきますが、これは数字を無作為に並べて表記した数列や表のことです。
 例えば、「8534」という乱数表を用いた場合について簡単に説明すると次のようになります。仮に、平文から変換された「1234」という暗号を送る場合、これに乱数表の「8534」という数値を足し、「9768」という数列に変換します。この状態で第三者がこれを目にしても、「8534」という乱数表の数値を用いなければ本来のかたちである「1234」という数列を知ることはできません。しかし、同じ乱数表を共有している人物がこれを見た場合、「9768」という数値から乱数表の「8534」を引くことで、もとの「1234」という数値にたどり着くことができるわけです。これを復号し、平文に直すことで文書は本来のかたちになります。
 このように、暗号化されたものにさらに乱数表による変換を加えることで、通信の内容はいっそう複雑にかたちを変えることになり、第三者にはより解読されにくい状態にすることができました。
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