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地域 | 朝鮮 |
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都市名 | 京城 |
解説 | 総務局はかつて官房の一局として置かれたが、1919年8月の組織改編で廃止され、庶務部と改められた。庶務部は1924年12月に廃止され、部内にあった文書・調査・人事・会計などが官房直属となっていたが、これらの業務をふたたび管掌したのが総務局である。総務局は戦時体制期の1942年11月に再設置され、これにより、朝鮮総督府は総務局、司政局、財務局、殖産局、農林局、法務局、学務局、警務局の8課体制となった。総務局は文書課、企画室、情報課、国民総力課、監察課、国勢調査課で構成された(人事と会計は官房)。このとき新設された企画室は、国家総動員計画・遂行を担った企画部の業務と、政策と法令の審議立案を扱った審議室の業務を掌った。また、監察課では「行政執行状況の監察」、「戦時経済統制の実施状況の考査」、「民情調査」を扱った。1943年9月には国勢調査課が廃止、調査課となり、国勢調査のみならず、労働や技術に関する調査、家計に関する調査まで扱った。総務局は約1年後の1943年12月の改編で廃止、文書課、情報課、監察課、調査課は官房へ移管、国家総動員に関わる業務は鉱工局企画室へ移された。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第54号、1942年11月1日(『朝鮮総督府官報』号外、1942年11月1日)「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第88号、1943年12月1日(『朝鮮総督府官報』号外、1943年12月1日) |