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地域 | 朝鮮 |
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都市名 | 京城 |
解説 | 1912年3月にこれまでの総務部が改められ、官房に属する総務局となった。総務課、人事課、会計課と印刷所を置き、総務部文書課の業務は総務課が継承した。あわせて総務部外事局も官房の一局として独立し、官房は総務、外事、土木の三局を置くようになった。これまでの総務部の業務に加えて、図書に関する事項や恩給及び遺族扶助料に関することなどが扱われるようになった。1915年5月にも改変があり、博物館に関する事項が加えられ、会計課は予算配付も掌るようになった。1918年5月には統計課と国勢調査課が加えられ、各種統計と国勢調査を掌るようになった。1919年3月の大規模な独立運動を受けて、8月に組織改編がおこなわれ、総務局は庶務部と改められた。これまでの総務課は文書課と改称、人事課は廃止され業務は秘書課に移管された。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 「朝鮮総督府事務分掌規程」朝鮮総督府訓令第2号、1910年10月1日(『朝鮮総督府官報』第29号、1910年10月1日)「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第27号、1912年3月30日(『朝鮮総督府官報』第475号、1912年3月30日「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第26号、1915年5月1日(『朝鮮総督府官報』号外、1915年5月1日)「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第28号、1918年5月27日(『朝鮮総督府官報』第1740号、1918年5月27日)「朝鮮総督府事務分掌規程改正」朝鮮総督府訓令第30号、1919年8月20日(『朝鮮総督府官報』号外、1919年8月20日) |