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地域 |
中国
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都市名 |
武漢
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解説 |
第47師団は本土防衛強化のために1943年5月弘前において留守第57師団を基幹として編成、大本営直下として教育訓練に専念する。1944年11月華中地域に転用され、下関港を出帆、第6方面軍の戦闘序列に入る。1945年1月第20軍の指揮に入り、湖南省湘潭に集結、?江作戦に参加した。6月華北地域へ転用、済南に向かう途中、武漢地区において終戦を迎える。最後の師団長は陸軍中将渡辺洋。師団司令部は引き続き済南に移動し、9月下旬到着、以後は鉄道沿線の警備に当たった。1946年2月青島に移動、3梯隊に分かれ、それぞれ出港、4月1~3日佐世保港に上陸、復員。師団長および情報主任者は分置され、4月9日LST100号に乗船、青島出帆、15日佐世保港に上陸。17日師団長及び参謀は二日市復員本部で残務整理後、20日、復員完結。
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上位の階層 | |
参考資料 |
『戦史叢書 北支の治安戦〈2〉』、541~542頁、554~555頁
『戦史叢書 昭和二十年の支那派遣軍〈2〉終戦まで』、62~66頁、121~122頁
中国派遣軍残務整理部編『支那派遣軍復員本部の歴史』「附録 復員完結日一覧表」、9頁(『復員関係史料集成』第1巻、ゆまに書房、2009年9月)。
アジ歴Ref:C12122434100、5~7画像目。
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