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地域 | 日本 |
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都市名 | 東京 |
解説 | 土木事務を取り扱う内務省の内局。1877年1月、土木寮を改称するかたちで設置。設置当初は土木寮と同様の専務・諸務の2課体制であったが、1884年の土木局処務順序改正に伴って庶務・工務・会計・疏水の4課とした。1885年6月の内務省処務条例では大幅に分課を再編したが、1886年1月には処務条例が改正されて治水・道路・計算の3課体制となった。その後は、臨時建築掛の設置(1890年)、製図課の設置(1891年)を経て、1893年10月の官制改正で直轄工事・道路・治水・製図の各課と臨時建築掛の4課1掛体制となった。また、局の設置当初から全国各地の河川工営所・出張所を管轄し、1886年には土木監督署官制を定めて全国6区に土木監督署を設置した。 |
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参考資料 | 朝倉治彦編『明治官制辞典』東京堂出版、1969年、490-491頁。大霞会編『内務省史』第3巻、地方財務協会、1971年。 |
歴代長官 部局長等 |
石井省一郎(1877年1月19日-1884年2月26日)/島惟精(1884年2月26日-1884年11月21日)/三島通庸(1884年11月21日-1885年12月22日)/西村捨三(1886年4月27日-1889年3月16日)/中村孝禧(1889年8月20日-1890年6月12日)/古市公威(1890年6月14日-1891年7月24日・1891年8月16日-1894年6月19日)/都筑馨六(1894年6月22日-1896年2月12日)/古市公威・兼任(1896年2月12日-1898年7月19日)/鈴木充美・局長心得(1898年7月19日-1898年11月10日)/南部光臣・局長事務取扱(1898年11月10日-1898年11月12日)/田辺輝実(1898年11月12日-1903年1月22日)/南部光臣(1903年1月22日-1904年6月6日)/仲小路廉(1904年6月6日-1904年11月17日)/犬塚勝太郎(1904年11月17日-1910年9月10日)/水野錬太郎(1910年9月14日-1912年12月22日) |