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地域 | 日本 |
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都市名 | 東京 |
解説 | 明治初年の殖産興業政策を担った中央官庁。西欧の技術・産業の移植を目的として、いわゆる開明派官僚がその必要性を唱え、明治3年(1870)閏10月に設置された。「工学開明」「百工褒勧」をスローガンに、民間工業の奨励と官営事業の管掌。特に官営事業の点では、鉄道建設と鉱山開発に興業費が集中するなど、この両部門が省内の中核的位置を担った。明治6年(1873)11月に内務省が新設されると、殖産興業の推進主体は次第に内務省へと移っていき、さらに官営事業の赤字累積も重なって、工部省は規模の縮小・整理が図られることとなった。明治18年(1885)12月、内閣制度に伴う官制改正により廃局。省務は明治14年(1881)4月に新設された農商務省などに引き継がれた。 |
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参考資料 | 国史大辞典編集委員会編『国史大辞典』第5巻、吉川弘文館、1985年、507~508頁(執筆:石塚裕道)。宮地正人ほか編『明治時代史大辞典』第1巻、吉川弘文館、2011年、935頁(執筆:佐々木寬司)。『工部省沿革報告』大蔵省、1889年。 |