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地域 | 日本 |
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都市名 | 東京/札幌 |
解説 | 開拓使の次官。当初1869年7月に公家出身の清水谷公孝が着任されたが同年9月に辞任した。続いて1870年5月に薩摩出身兵部大丞黒田清隆が開拓使次官に就任し樺太専務を命じられた。黒田は樺太・北海道視察やアメリカ出張を行い、外国人顧問を招聘するなど樺太にはとどまらず精力的に開拓使の方向性を定めた。1871年8月には樺太開拓使を廃止し、10月以降欠員となった開拓使長官の事務を次官のまま代行した。1874年8月に黒田が長官へ正式に昇進するとその後次官は置かれなかった。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 『新北海道史』、第三巻通説二、95頁。 関秀志ほか編『北海道の歴史』下巻、北海道新聞社、2006年、38-40頁。大蔵省編「開拓使事業報告」第1編(『明治前期官庁沿革誌集成』第2巻、柏書房、1986年所収)。門松秀樹『開拓使と幕臣』慶應義塾大学出版会、2009年。 |
歴代長官 部局長等 |
清水谷公孝(1869年7月-1869年9月)/黒田清隆(1870年5月-1874年8月) |