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地域 | 中国 |
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都市名 | 広東 |
解説 | 1938(昭和13)年12月16日勅令第758・759号により、日中戦争下における対中国行政機関として興亜院が設置され、東京本院のほか、中国各地に華北・華中・蒙疆・厦門連絡部、および華北連絡部青島出張所が設けられた。このうち華中連絡部は、中華民国維新政府の管轄地域を担当し、本部は上海に置かれたが、後に支部組織として南京・漢口・広東派遣員事務所が設けられた。広東派遣員事務所は、1939(昭和14)年7月より設置準備が始まり、11月に開設された。主に陸海軍と外務省の三省連絡会議、珠江開放準備委員会、広東方面における金融・財政・物流、文化事業の調査・助成指導に関する事務を管掌した。 |
上位の階層 | |
参考資料 | Ref: A02030024700「興亜院官制・興亜院連絡部官制」13-41頁。Ref: B02030703800、51-52頁。本庄比佐子・内山雅生・久保亨編『興亜院と戦時中国調査』岩波書店、2002年、8-11頁。 |