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地域 |
中国
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都市名 |
張家口
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解説 |
独立混成第2旅団は守備任務に当たるため1938年3月編成され、駐蒙兵団に編入された。7月駐蒙兵団が駐蒙軍に改編され、北支那方面軍戦闘序列に編入、旅団も隷下に入る。張家口に位置し、京包線及び重要資源地の確保に任じた。1945年5~6月警備配置を収約し、鉄道沿線地区の守備を固めた。最後の旅団長は陸軍少将湯野川龍郎。8月9日対ソ戦闘開始、張北、張家口においてソ連軍の南下を防ぐ。15日終戦に伴い張北から撤退。20日ソ連軍が張家口に侵入、居留民保護のため防衛戦闘に入り、21日撃退後、撤退し26日南口に到着。以後、北平において復員業務に従事した。隷下独立歩兵第1大隊は11月25日豊台において武装解除され、27日天津に入り、帰還準備。30日塘沽からLSTに乗り、12月2日出帆、7日佐世保上陸、復員した。1946年4月7日、復員完結。
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上位の階層 | |
参考資料 |
『戦史叢書 北支の治安戦〈1〉』、57~62頁、163~175頁
『戦史叢書 北支の治安戦〈2〉』、552~554頁
『戦史叢書 昭和二十年の支那派遣軍〈1〉三月まで』、420~421頁
『戦史叢書 昭和二十年の支那派遣軍〈2〉終戦まで』、551~555頁
中国派遣軍残務整理部編『支那派遣軍復員本部の歴史』「附録 復員完結日一覧表」、11頁(『復員関係史料集成』第1巻、ゆまに書房、2009年9月)。
アジ歴Ref:C12122434700、1~5画像目。
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