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地域 |
朝鮮半島
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都市名 |
済州島
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解説 |
兵団文字符は「玄」。米軍が済州島を攻略するとの予想から、1945年3月7日に新設された。留守第20師団及び第84歩兵団司令部の人員を基幹として編成、「守備急を要する」として3月下旬に同島に派遣が命じられた。司令部、歩兵第392、393、394連隊、迫撃砲隊、工兵隊、通信隊、野戦病院からなり、約9千名の人員を数えた。敗戦時の位置は済州島。師団長は玉田美郎中将。
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上位の階層 | |
参考資料 |
1.森田芳夫・長田かな子『朝鮮終戦の記録 資料編第1巻』(巌南堂書店、1979年) 468、485頁
2.塚崎昌之「「本土決戦」体制と朝鮮半島南部・済州島」(『地域のなかの軍隊7 帝国支配の最前線 植民地』、吉川弘文館、2015年)245-246頁、251-252頁
3.「部隊行動表 昭和20年(防衛省防衛研究所)」[Ref code: C13020875800]
4.「主要部隊略歴表(師団の部)昭和20年8月15日現在」[Ref code: C12121057300]
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