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事柄【条約・協定(満洲) 】
北満鉄道買収
ほくまんてつどうばいしゅう
- 解説
- 満洲に敷設されていた北満鉄道の売却をめぐるソ連・満洲国間の交渉。1896年のロシア・清朝間の密約により敷設された中東鉄道は、満洲国の成立に伴いソ連・満洲国の共同運営となり、1933年には北満鉄道と改称された。1933年5月2日、ソ連より駐ソ連日本大使に対し北満鉄道売却が持ちかけられ、日本政府は満洲国を買収の主体とすることを決定し、1933年6月26日より東京においてソ連・満洲国の間で同鉄道買収に関する会議が開催された。満洲国側からは駐日公使・丁士源、外交部次長・大橋忠一が、ソ連側からは駐日大使・ユレネフ、北満鉄道副理事長・クズネツォフが出席した。会議は難航したが、1935年1月21日に合意に至り、同年3月23日に協定が調印された。同協定では、売却価格は日本円1億4000万円とされ、さらにソ連側従業員の退職金3000万円を加えた金額を満洲国が負担することとされた。買収後は線路幅が満鉄線と同じものに改められ、満鉄との直通運行が可能となった。また、名称は路線により濱洲線(ハルビン―満洲里間)、濱綏線(ハルビン―綏芬河間)、京濱線(ハルビン―新京間)と改称され、北満鉄道とは呼ばれなくなった。
- 同義語
- 北鉄買収
- 関連語
- 蘇、満間鉄道売買交渉/丁士源/大橋忠一/ユレネフ/クズネツォフ/北満鉄道譲渡協定/北満鉄道(東支鉄道)譲渡ニ関スル議定書/北満鉄道(東支鉄道)ニ関スル「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦ノ権利ヲ満洲国ニ譲渡スル為ノ満洲国「ソヴィエト」社会主義共和国聯邦間協定/濱洲線/濱綏線/京濱線
- 表記ゆれ
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