〔原 文〕

(句読点を補い、カナをひらがなに変換しました。)

 朕東洋の治平を維持し帝国の安全を保障するを以て国交の要義と為し夙夜懈らす。以て皇猷を光顕する所以を念ふ。不幸客歳露国と釁端を啓くに至る。亦寔に国家自衛の必要已むを得さるに出たり。
〔口語訳〕




 朕は、アジアの平和を維持して日本帝国の安全を保障することを他国との交際に最も重要なことがらとして、日夜努力してきた。そうすることで、天皇のはかりごとが光り輝くものとなるよう念願してきた。残念ながら昨年、ロシアと戦端を開くに至ったが、これは我が国の自衛のために必要でやむを得ないことであった。
 是固より我か皇祖皇宗の威霊に頼ると雖抑亦文武臣僚の職務に忠に億兆民庶の奉公に勇なるの致す所ならすむはあらす。交戦二十閲月(えつげつ)帝国の地歩既に固く帝国の国利既に伸ふ。朕の恒に平和の治に汲々たる豈徒に武を窮め生民をして永く鋒鏑(ほうてき)に困(くるし)ましむるを欲せむや。  これはもちろん我が天皇家の先祖の威光によるものではあるが、同時に文官や軍人が職務に忠実で、また大勢の民衆が勇敢に貢献したからにほかならない。二十ヶ月の戦いをへて日本帝国の基盤はもはや強固となり、国益を大きく伸ばした。朕は常に平和な統治をもとめて努力しており、けっして武力を行使して人々が長く戦乱に苦しむような事態を望んではいない。
 嚮(さき)に亜米利加合衆国大統領の人道を尊ひ平和を重するに出てて日露両国政府に勧告するに講和の事を以てするや朕は深く其の好意を諒とし大統領の忠言を容れ乃ち全権委員を命して其の事に当らしむ。  先にアメリカ合衆国大統領が、人道と平和を尊重する立場から、日本とロシアの両国政府に講和についての勧告があった。朕はその好意に深く感謝して大統領の忠告に従い、全権委員を任命して講和の交渉を担当させた。
 爾来彼我全権の間数次会商を累(かさ)ね我の提議する所にして始より交戦の目的たるものと東洋の治平に必要なるものとは露国其の要求に応して以て和好を欲するの誠を明にしたり。朕全権委員の協定する所の条件を覧るに皆善く朕か旨に副ふ。乃ち之を嘉納批准せり。  その時以来、我が国とロシアの全権委員は何度も交渉を重ね、我が国が提案したそもそもの戦争の目的とアジアの平和に必要な事柄については、ロシアはその要求に応じて、平和を望んでいるという誠意を明らかにした。朕は全権大使が取り決めた条約を見たが、それはすべて朕の希望通りであった。そこで、この条約を喜んで批准した。
 朕は茲に平和と光栄とを併せ獲て上は以て祖宗の霊鑒(れいかん)に対(こた)へ下は以て丕績(ひせき)を後昆(こうこん)に貽(のこ)すを得るを喜ひ汝有衆と其の誉を偕にし永く列国と治平の慶に頼らむことを思ふ。今や露国亦既に旧盟を尋て帝国の友邦たり。則ち善鄰の誼を復して更に益々敦厚を加ふることを期せさるへからす。  朕はこれにより平和と栄光の両方を得たので、祖先に顔向けができるばかりか、大きな功績を後世まで遺すことができるのを喜び、汝ら国民とこの栄誉をともにして、永久に諸外国との平和を維持することを望む。今やロシアとはすでに戦前の関係を復活しており、日本帝国の友人である。すなわち友好的な隣国としての以前の関係に戻ったが、さらに親密な関係になることは疑いない。
 惟ふに世運の進歩は頃刻息ます国家内外の庶政は一日の懈なからむことを要す。偃武(えんぶ)の下益々兵備を修め戦勝の余愈々治教を張り然して後始て能く国家の光栄を無疆(むきょう)に保ち国家の進運を永遠に扶持すへし。  朕の考えでは、世界の進歩は一時たりとも止まることはないので、国内外についての様々な政務は一日の猶予も許されない。戦争をやめてもますます軍備を整え、戦いに勝った後でさらに政治と教育を充実させることで、国家の栄光を永遠に保ち、国家の進歩を永遠に保持することができる。
 勝に狃(な)れて自ら裁抑するを知らす驕怠(きょうだ)の念従て生するか若きは深く之を戒めさるへからす。汝有衆其れ善く朕か意を体し益々其の事を勤め益々其の業を励み以て国家富強の基を固くせむことを期せよ。
(御名御璽)
 勝利して油断し、自分からそのおこないを見直したり改めたりすることをしないで、驕り高ぶったり怠けたりする考えが生じることが決してあってはならない。汝ら国民はよく朕の意思に従い、ますますこのことに励み、今後も勤勉に働いて、国家が富み強くなる基礎を強固にするよう努められよ。
(御名御璽)


日露講和条約調印時のスケッチ