日米交渉 資料解説
昭和16年(1941年)12月8日
真珠湾攻撃開始
資料1:B02032454100 1 日本ノ布哇攻撃ニ関スル「ロバート」報告書 1
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資料2:B02032454200 2 日本ノ布哇攻撃ニ関スル「ロバート」報告書 2
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 昭和16年(1941年)11月26日に択捉島ヒトカップ湾を出撃した南雲忠一中将指揮下の機動部隊は、12月8日(現地時間7日)、ハワイの真珠湾において、アメリカ軍の艦隊や軍事施設に対する攻撃を行ないました。
 この10日後の12月18日、ルーズヴェルト米大統領は、アメリカ合衆国連邦最高裁判所判事のオーウェン・J・ロバーツ(Owen Josephus Roberts)を中心に専門の委員会(いわゆる「ロバーツ委員会 Roberts Commission」)を発足させ、真珠湾攻撃についての事後調査と評価を行なわせました。この委員会の報告書は、昭和17年(1942年)1月23日にアメリカ合衆国上院に提出されました。資料1と資料2は報告書全文の日本語訳(2分冊)です。この訳文については、作成の日時や過程、また作成者についても不明ですが、駐ドイツ日本大使館の用箋に書かれていることがわかります。
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