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解説 | 1904(明治37)年6月第5・第10師団および後備歩兵第10旅団を基幹として編成された。軍司令官は野津道貫。7月の析木城の戦いを経て、満洲軍総司令部の指揮の下、8月の遼陽会戦、10月の沙河会戦、1905年1月に黒溝台会戦、3月に奉天会戦に参加した。奉天会戦後、第5師団の転属と第6師団の編入を経て、さらに北進の準備を進めた。同年7月第16師団が編入された。9月の日露講和条約を経て、11月末から1906年3月にかけて隊ごとに順次帰還した。
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上位の階層 | 陸軍(明治・大正期) > 戦時組織 > 第4軍(日露戦争) |
レファレンス コード |
「遼陽附近に於ける第4軍戦闘詳報 第2号明治37.8.26〜9.4」Ref:C1311054700、「3.25 留守6団長第6師団第4軍戦闘序列編入の事」Ref:C06040331800。
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