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解説 | 戦時の最高統帥機関。1893(明治26)年5月に制定された戦時大本営条例に基づき、1894年6月に東京の参謀本部内に設置された。同年8月に皇居に移転した。参謀総長で皇族の有栖川宮熾仁親王が天皇の幕僚長となり、その下に参謀次長、海軍軍令部長が配された。参謀総長は陸海軍の作戦を計画・上奏し、勅裁の後、これを陸海軍各独立指揮官に下令する手続きを行った。参謀次長及び海軍軍令部長は参謀総長を補佐した。大本営御前会議には、内閣総理大臣伊藤博文、外務大臣陸奥宗光、枢密院議長山縣有朋も列席した。1894年9月水陸交通の要地で戦地に近い広島へ移転すべく、大本営は東京を出発した。広島移転後の大本営においては、明治天皇自らが陸海全軍を統率した。1895年4月に下関で講和条約が調印されると、大本営は広島から京都に移動し、その後、東京に帰還した。また、日本の領土となった台湾の治安が不安定であったため、5月から軍が派遣され、1896年3月に鎮定された。これを受け、大本営は同年4月解散した。 |
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上位の階層 | 陸軍(明治・大正期) > 戦時組織 > 大本営陸軍部(日清戦争) |
レファレンス コード |
「戦時大本営条例」Ref:A15060071700。 |