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解説 | 1905(明治38)年9月日露講和条約調印により日本軍の軍事行動が終結したのに伴い設置された、関東州(中国・遼東半島の先端部に設置された日本の租借地)の守備と同地の行政を統轄する日本の機関。同月関東総督府勤務令及び関東総督府編成要領が制定され、10月遼東兵站監が関東総督府の編成を命じられた後、遼陽において編成を完了し11月より関東総督府は業務を開始した。以後、関東州には軍政が敷かれた。当初は満洲軍総司令官の隷下に属することとされたが、同年11月より大本営直属となった。1906年5月旅順に移転した。関東総督、幕僚、理事、工兵、経理部、軍医部、獣医部、郵便部が置かれた。また守備隊として第14師団と第16師団が置かれた。設置された目的は、日露戦争後の満洲の守備・経営に加え、復員までの各軍隊及び諸機関のために必要な兵站業務の遂行、満洲軍および安東—奉天間における鉄道守備隊への補給、還送軍隊の宿営・給養、交通機関の設備・運用等、兵站業務全般の統轄であった。関東総督には大島義昌、参謀長には落合豊三郎が就任し、経理部長は遼東兵站監部より引き続き辻村楠造が就いた。1906年9月関東都督府の設置により廃止された。 |
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上位の階層 | 陸軍(明治・大正期) > 外地行政・軍組織 > 関東総督府 |
レファレンス コード |
「第17編/第4章 関東総督府」Ref:C13110401500、「単行書・大正六年陸甲三一号別冊・明治三十七、八年戦役満洲軍政史・第一巻」Ref:A04017278200、「関東総督府職員表」Ref:C06040986800。 |