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地域 | 日本 |
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都市名 | 東京 |
解説 | 1871年8月14日、百工を褒勧し工産を繁富させるために、工部省に新設された一等寮。同年11月22日、赤坂葵町(現在の東京都港区虎ノ門)の伊万里県出張邸跡に開設した。1872年2月26日の火災で工部省本省が被災し、本省が勧工寮庁舎に移転したため、勧工寮は北端の官舎に移った。頭は置かれず、佐賀藩出身の石黒直寛が権助という地位で責任者を務めた。1873年11月17日、伊藤博文(工部卿)が勧工寮と製作寮の合併伺を出し、同月19日に勧工寮は廃止となった。所管業務は製作寮へと引き継がれた。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 「単行書・工作沿革概略」(アジ歴:A07090002200) 「工部省中勧工寮廃さる」(アジ歴:C04017540700) 鈴木淳編『工部省とその時代』山川出版社、2002年。 東京都港区編『新修港区史』東京都港区、1979年。 |