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地域 | 満洲 |
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都市名 | 間島 |
解説 | 局子街は間島(朝鮮と満洲の境界地域)に位置する。この地域は1880年代以降、間島居住朝鮮人に対する管権をめぐり、朝鮮(のち大韓帝国)と清国の間で対立があった。その後、1905年の第二次日韓協約により日本が大韓帝国の外交権を剥奪したため、1909年に日本と清国との間で「間島協約」が締結された。同協約では、先ず間島が清国の領土であることが確認され、その結果、日本が龍井村に置いていた統監府臨時派出所が撤収された。それに代わり、清国が龍井村・局子街・頭道溝・百草溝を外国人に開放し、日本政府はそれらの地に日本領事館および分館を設置することが定められた。在局子街分館は1909年11月2日に開設された。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 「間島協約」(田中隆一執筆)貴志俊彦・松重充浩・松村史紀編『二〇世紀満洲歴史事典』吉川弘文館、2012年、53-54頁。角山榮編著『日本領事報告の研究』同文舘、1986年、505-506頁。白榮勲『東アジア政治・外交史研究―「間島協約」と裁判管轄権―』第一章、大阪経済法科大学出版部、2005年。 |
歴代長官 部局長等 |
分館主任:吉岡彦一・副領事(1909年1月2日着任)/荒井金造・外務書記生(1911年12月26日着任) |