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解説 | 公務の民主的かつ能率的な運営のため、公正な人事、公務員の福祉及び利益の保護を図るために、1947(昭和22)年10月に公布された法律。終戦に際して日本が受諾したポツダム宣言に「日本国国民の間に於ける民主主義的傾向の復活強化に対する一切の障礙を除去」する旨明記された。これに伴い、日本政府は、国内政治の民主化の一環のため、官吏制度改革に着手し、日本国憲法(1947(昭和22)年5月公布)立案中から、民主主義に適合した公務員制度の法定のための作業を進めていた(同憲法には、公務員制度は法律に根拠すべき旨明記された)。まず、政府は、1945(昭和20)年11月に「官吏制度改正に関する件」を制定し、給与制度の整理、官吏の頻繁な更迭の抑制、高等試験制度の改善などが盛り込まれた。1946(昭和21)年7月、憲法改正に伴う諸法制の整備に関する重要事項を調査・審議するための臨時法制調査会が設置され、その中で官吏制度が議論された。一方、大蔵省(現在の財務省)は、戦後の急激なインフレに対応するため応急的な給与改定を余儀なくされる中で、政府職員に対する理論的給与体系の確立の必要性から、同年5月にGHQに対し、米国からの顧問団派遣を要請した。これを受けて同年11月に来日した対日アメリカ人事行政顧問団は、広く人事行政全般に関する調査を行い、1947(昭和22)年4月に、GHQに対して中間報告を提出し、同年6月に片山内閣に対して同報告を反映した国家公務員法案を提示し、立法化を勧告した。政府は、日本国憲法との整合性及び日本の実情に合わない点について連合国総司令部民生局と交渉した末、国家公務員法案を取りまとめ、8月に国会に提出した。同法は10月に公布された。 |
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参考資料 | 「2、『ポツダム』宣言(一九四五.七.二六)」(Ref:A15060447700)(ポツダム宣言)。「御署名原本・昭和二十一年・憲法一一月三日・日本国憲法」(Ref: A04017858900)。「官吏制度改正ニ関スル件」(Ref:A14101270100)(官吏制度改正に関する件)。「国家公務員法」(執筆者 佐藤 達夫)『国史大辞典 5』吉川弘文館、1984年、888頁。日本公務員制度史研究会編著「官吏・公務員制度の変遷」第一法規出版、1989年2月、265~271頁。森田幸男編、吉田耕三編、尾西雅博編「逐条 国家公務員法」学陽書房、2015年3月、9~10頁。 |