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地域 | 日本 |
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都市名 | 東京 |
解説 | 1890(明治23)年6月30日、郵便為替貯金局の発足にともない、逓信省の大幅な機構改革が行われ、従来の内信・外信・工務局が廃止される代わりに、電務局及び郵務局が設置された。電務局は主に電信に関する事務を掌った。初代局長(心得)は、後に電信協会会長を務め「電話事業の生みの親」ともいわれた若宮正音。その後、1893(明治26)年10月に電務・郵務局とも廃止され通信局に統合されたが、1897年8月より再び電務・郵務局が設置された。しかし、翌1898(明治31)年10月にはまた通信局に統合され、電務局は廃止された。1925(大正14)年5月12日の官制改正により、電務・郵務局が再々度復活し、それ以降は戦時までこの体制が継続された。電務局は主に、電信・電話・日本無線電信株式会社(1938年3月より国際電気通信株式会社に改編)に関する業務を管轄した。下部機関として業務・規画・外国電信課を置き、1934(昭和9)年6月より無線課、1937(昭和12)年8月より調査課が加わった。1943(昭和18)年11月1日に逓信省と鉄道省とが統合し、運輸通信省が新設されると、通信業務は外局の通信院の所管となり、郵務局と電務局は通信院業務局に統合され、その下部に電務課が置かれた。 |
上位の階層 | |
参考資料 | 逓信省編『逓信事業史 第1巻』逓信協会、1944年、16-17、29-37、134頁。Ref:A03020071300。Ref:A03021564100。Ref:A14101098700。 |