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地域 |
朝鮮半島
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都市名 |
鎮海
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解説 |
鎮海湾は1898年頃から、日本軍の上陸に適しているとして戦略的な価値が注目され始めた。1904年日露戦争会戦間近には鎮海湾の巨済島に「仮根拠地防備隊」が設置され、12月には「鎮海湾防備隊」、1907年には「鎮海防備隊」に改称した。韓国を併合して以降、日本は対馬・朝鮮を「第5海軍区」としたが、鎮海は佐世保の管轄とされた。1916年には要港部となり、1941年に警備府。敗戦時には士官594名、特務・准士官788名、下士官兵2万4千686名(合計2万6千70人)を数えた。司令官は山口儀三郎(中将)。
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参考資料 |
1.秦郁彦『日本陸海軍総合事典』(東京大学出版会、2005年)、454頁
2.柳教烈・金慶南「朝鮮海峡への要塞・軍港建設と国際関係」(『地域のなかの軍隊7植民地』、坂本悠一編、吉川弘文館、2015年)、221-229頁
3.『終戦時海軍現在員調』(防衛省防衛研究所)
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