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本格的に普及したのは戦後からですが、その原型は戦前・戦中期にありました。
終身雇用制とは、会社が労働者を入社から定年まで雇い続ける、日本特有の雇用慣行です。
現在もほとんどの日本企業が、正社員に対してこの終身雇用制を保障しています。
同じ会社で真面目にコツコツ働き続ければ、一生食うには困らない。
こうした長期雇用の慣行はいつ頃できたのでしょうか。
戦前からすでにあったのでしょうか。
実は、終身雇用制が本格的に普及したのは戦後になってからでした。
しかし、その原型は戦前・戦中期を通してつくられてきたといえます。
もともと、戦前の日本は労働者の移動が激しい社会でした。
特に、工場で働く労働者たちは、熟練工になるとすぐに、より給料の高い職場へ転職してしまいました。
そこで、会社は優秀な人材を引き留めるため、様々な奨励制度を考えます。
勤続年数=年功に応じた昇給、積立式の退職金、手厚い福利厚生など、各企業がこれらの制度を導入した結果、1920~30年代にかけて、ホワイトカラー層を中心に長期雇用化が進みました。
とはいえ、ブルーカラー層の転職率は依然として高く、工場を「渡り歩く」者が後を絶ちませんでした。
日中戦争が始まると、労働者の移動はいっそう激しくなりました。
働き手となる成年男性が徴兵される一方、炭鉱・造船などの軍需産業は増産を迫られ、深刻な人手不足が生じたからです。
工場では技術者や熟練工の引き抜きがさかんになり、大問題となりました。
そのため、とうとう国が労働統制に乗り出します。
戦時下の限られた労働力をどう配置し動員するか、国家が管理する時代になったのです。
画像1 「産業戦士を激励する東條陸相」〔『写真週報』205号(1942年1月28日)Ref.A06031080000、2画像目〕
1938(昭和13)年に「国家総動員法」が出されると、翌年には「従業者雇入制限令」(昭和14年3月30日勅令第126号、Ref.A03022347300)が定められ、軍需産業に関わる労働者の転職には国の許可が必要になりました。
これは後に「従業者移動防止令」(昭和15年11月8日勅令第750号、Ref.A03022515000)へと改正され、軍需産業以外の労働者も対象になります。
さらに、日米開戦が近づくと、「勤労は皇国の奉仕活動」として、「国民皆労」が強化されました。
1941(昭和16)年8月の閣議決定「労務緊急対策要綱」(Ref.A03023597300)により、「労務調整令」(昭和16年12月6日勅令第1063号、Ref.A03022656600)が出され、労働者の自由な転職・解雇は全面禁止になりました。
職場の固定化とともに、賃金の統制も進みます。「賃金統制令」(昭和14年3月30日勅令第128号、Ref.A02030148500)によって、軍需産業の初任給は一律とされ、厚生省主導の「賃金委員会」(Ref.A14100720800)が賃金額を決定することになりました。
同時に、労働者の生活安定と意欲向上のため、年1回の定期昇給や退職金の支給が半義務化され、賃金制度の統一が図られます。
また、職場ごとに「産業報国会」(Ref.B06050461200)が組織され、「産業戦士」としての労働訓練のほか、栄養改善・保健衛生の講習会、慰安・娯楽行事といった福利厚生活動も行われました。
こうした「官・労・資」三位一体の総力戦体制が目指されるなかで、「国・企業は労働者の生活を保障し、労働者は国・企業のために働く」という「報国」的勤労観と、それにもとづく長期雇用の慣行が、国民全体に広まっていったといえるでしょう。
戦後、GHQの民主化方針により、日本の企業は解体・再編されました。
さらに、「労働三法」と呼ばれる
・「労働組合法」(昭和20年12月21日勅令第106号、Ref.A04017709400)
・「労働関係調整法」(昭和21年9月26日法律第25号、Ref.A04017791300)
・「労働基準法」(昭和22年4月5日法律第49号、Ref.A13110812500)
の成立によって、全国的に労働運動が活発化します。
戦後の貧困と混乱を経験した労働者たちは、何よりもまず生活の安定と保障を求めました。
1955(昭和30)年に始まる春闘を通じて、賃金のベース・アップの代わりに、年功に応じた定期昇給が約束され、不当な解雇は規制されました。
また、退職金の支給制度も一般化しました。
こうして1950~60年代の高度経済成長を背景に、大部分の日本企業ではホワイトカラー・ブルーカラー問わず、年功序列の昇給(年功賃金)を前提とした終身雇用制が定着していきます。
戦後の「企業戦士」は豊かな未来を信じ、会社に一生を捧げて働きました。
しかし、最近は成果主義の導入や非正規雇用の増加によって、従来の長期雇用の慣行も変わりつつあります。
今後、私たちの働き方はどうなるのか、今ふたたび歴史的なターニングポイントをむかえているのかもしれません。