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Area | 台湾 |
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Commentary | 台湾守備混成旅団は、台湾総督府における治安維持の主体を担った。1896年4月6日、「台湾守備混成旅団司令部条例」に基づき、管区内の警備ならびに匪徒鎮圧を目的として設置された。匪徒とは略奪暴行行為を行う者を意味する言葉であるが、日本軍に抗う勢力をも意味した。台湾守備混成第一、第二、第三旅団と名付けられた3個混成旅団が置かれ、各旅団は歩兵2個連隊、騎兵1個中隊、野戦砲兵1個中隊で編成された。このほかに、要塞砲兵2個大隊と台湾憲兵隊が配置された。兵員は、内地各師団から交替で抽出派遣された。1898年、歩兵6個連隊が廃止されて歩兵11個大隊となり、各旅団の野戦砲兵中隊は大隊に拡充された。1904年に混成旅団数は3個から2個に改められたが、実兵力は若干減じた程度に過ぎず、日露戦争中も台湾守備兵力は維持される形となった。1907年、日露戦後の軍拡過程で台湾守備混成旅団は廃止され、台湾守備隊2個に兵力が縮小された。しかし、兵員はそれまでの内地からの交替派遣ではなく、固有の定員を持つ常備団隊とされた。 |
Upper level hierarchy | Meiji/Taisho/Showa (Colonies/Occupied Territories) > Taiwan > Office of the Governor-General of Taiwan > Governor-General of Taiwan > Taiwan Garrison Mixed Brigade |
Reference materials | 「台湾守備混成旅団司令部条例」勅令第121号(『官報』第3828号、1896年4月7日)、「台湾守備混成旅団司令部条例中改正」勅令第234号(『官報』第4578号、1898年10月1日)、「台湾守備混成旅団司令部条例ヲ台湾守備隊司令部条例ニ改訂」陸第2号(『官報』第7267号、1907年9月17日)、大江志乃夫『日露戦争と日本軍隊』、立風書房、1987年、43‐60頁。柏木一朗「日清戦争後に於ける台湾の治安問題―雲林虐殺事件を中心に―」『法政史学』第48号、1996年、120‐140頁。 |