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Area |
South Pacific Islands
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City name |
Numbok, Eastern New Guinea
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Commentary |
第18軍は、東部ニューギニア作戦指揮のため1942年11月に新設され、同時に編成された第8方面軍に所属した(大陸命第714号、1942年11月16日)。東部ニューギニア戦線では、制空権を失い補給が断たれ、自活も困難な環境の中で、戦闘による戦死や戦傷死に加えて、栄養失調やマラリア・飢餓などによる戦病死により多数の死者が生じる。100,000名にも及んだ人員は終戦時には13,263名まで損耗した。1944年3月に、第8方面軍隷下から第2方面軍隷下となるが、1944年南方軍直轄となる。司令官は、編成時から終戦まで陸軍中将安達二十三がつとめた。1945年9月13日にウエワクにて安達中将がオーストラリア軍に対して降伏文書に調印。各部隊は、連合国軍の指示によりムシュ島に集結。復員は主に1945年11月下旬から翌年1月にかけてと、3月に行われている。輸送には、練習巡洋艦の鹿島、病院船の氷川丸などが用いられた。独立野戦高射砲第39中隊や第3野戦輸送司令部は、1946年6月に復員している。司令官の安達中将は、戦犯容疑者として拘留され、部下の釈放を見とどけたのちに、1947年9月10日に自決した。
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Upper level hierarchy | |
Reference materials |
アジ歴Ref:C15010206600全画像。C15010235300全画像。C12122483700、21~50画像。C12122483800全画像。C12122483900、1~46画像目。『戦史叢書
南太平洋陸軍作戦〈5〉アイタペ・プリアカ・ラバウル』、420~422頁。
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