2025年3月19日
渋谷駅のシンボルとして、世界中から愛されるハチ公像。そのモデルになった秋田犬ハチは、秋田県北秋田郡二井田村(現在の大館市)で生まれ、1935年3月8日に渋谷の路上で亡くなりました。生前から有名だったハチの死は、国内の新聞で大きく取り上げられましたが、ほぼ同時に海の向こうアメリカでも報じられ、ある反響を生んでいました。
今年はハチ公の没後90年にあたります。当センターでは、YouTube動画「【レミニス アジ歴】ハチ公がつないだ日米の子供たち~90年前の外交文書から~」を新規公開しました。
○「戦前期外務省記録」から世相を読む
「レミニス アジ歴」は、当センターの公開資料を、ストーリー形式に載せて紹介する動画のシリーズです(※レミニス(reminisce)…昔話を語るという意味)。
今回中心的に取り上げる資料は「戦前期外務省記録」に収められています。この記録は、外務省創設から第二次世界大戦終結までの外交活動にともなう資料で、約4万8000冊のファイル(簿冊)に整理され、外務省外交史料館に保管されています。当センターは、その多くをインターネット上で閲覧に供していますが、これらは日本外交史の研究に欠かせない資料であることはもちろん、当時の世相を知る上でも役立ちます。
件名「本邦記念物関係雑件」(Ref.B04012313800、4画像目)
「本邦記念物関係雑件」と題された簿冊の14件目に「忠犬「ハチ」公関係」という件名でまとめられた外交文書があります。これをひも解くと、ハチ公をめぐる日米の子供たちの興味深いエピソードが明らかになりました。詳しくはぜひ動画をご覧ください。
ここでは、動画で取り上げられなかった資料をいくつかご紹介します。
○ハチ公「剥製」余話
現在、東京・上野にある国立科学博物館の日本館には、ハチ公の剥製が常設展示されています。
この剥製は、ハチ公の死から約3か月後の6月15日、東京科学博物館(国立科学博物館の前身)で初公開されたものですが、実は「忠犬「ハチ」公関係」の外交文書中にも、関係資料が収められています。
それは、剥製公開から5日後の6月20日、東京科学博物館長の秋保安治が、外務省の亜米利加(アメリカ)局第一課・山下利三郎へ宛てた書状です。
件名:「本邦記念物関係雑件 14.忠犬「ハチ」公関係」
(Ref.B04012315200、13画像目)
この書状には、東京科学博物館でハチの剥製標本を公開するにあたり、貴重な「参考資料」を貸してくれたので、観覧者に裨益するところが大きかった、との感謝が綴られています。
博物館が外務省から借りた「参考資料」とはどんなものでしょうか。
その手がかりになるのが、同じ資料の中にある、久保川貞節という人物が外務省亜米利加局へ送ったハガキです。ハガキの日付に注目してみると、6月19日。剥製初公開から4日後、秋保博物館長の書状の前日です。
件名:「本邦記念物関係雑件 14.忠犬「ハチ」公関係」
(Ref.B04012315200、6画像目)
関係箇所のみ要約すると、“拝借した新聞切抜等は博物館に陳列しておいたので、ハガキを拝見してすぐ博物館に連絡した。明日頃にはお手元に郵送されることと思う”という趣旨が書かれています。
動画で紹介したように、アメリカではハチ公の死を受けて、子供たちが参加するあるイベントが実施されており、これを報じたアメリカの新聞記事が外務省に送り届けられていました。
秋保館長の書状と久保川のハガキの内容を踏まえると、剥製の初公開時、短期間ながら、このアメリカの新聞記事(動画 3:52 ~ 4:19 )が館内に展示されていたと推測できます。
動画で見たようなアメリカでのハチ公への積極的な反応は、剥製を見に来た日本の人たちにも伝えられていたのかもしれません。
ちなみに、この資料の中には久保川貞節の名がたびたび出てきます。彼は、ハチ公の飼い主であり故・上野英三郎博士の妻・八重子夫人の「世話人」(「忠犬「ハチ」公関係」34画像目)として、日本の子供たちの返礼状を集めるなど、外務省との間で仲介の労を取っていました。
○ハチ公の飼い主・上野英三郎博士
「戦前期外務省記録」以外のアジ歴公開資料では、ハチ公の飼い主・上野英三郎博士の関係資料(国立公文書館所蔵)を確認することができます。
件名:「東京帝国大学教授上野英三郎勲章加授ノ件」
(Ref.A10113007300、1、2、4画像目)
上野博士は、日本における農業土木学の先駆者です。博士は、体が弱かった子犬の頃のハチを自分のベッドで寝かせるなどして、とても可愛がって育てていました。勤務先の東京帝国大学農学部には徒歩で通勤していましたが、渋谷駅もよく利用しており、ハチは大学や渋谷駅まで送り迎えをしていました。ところが、博士は大学構内にて脳卒中で倒れ、1925年5月21日、帰らぬ人となりました。この勲章(旭日中綬章)加授の裁可に係る書類には、博士が斯界の泰斗として果たした功績が記されています。
■参考文献
■関連するアジ歴コンテンツ
いまのハチ公は2代目ってホント?|公文書に見る戦時と戦後 -統治機構の変転-
■国立科学博物館について
国立科学博物館は、1877年に創立された、日本で最も歴史のある博物館の一つであり、自然史・科学技術史に関する国立の唯一の総合科学博物館です。
上野本館は「日本館」と「地球館」の二つの建物で構成され、秋田犬ハチが展示されている日本館では、「日本列島の自然と私たち」をテーマに、日本人と自然のかかわりの歴史などが展示されています。
国立科学博物館公式ウェブサイト
https://www.kahaku.go.jp/
<アジア歴史資料センター>