2025年3月19日
日本大学文理学部教授/アジ歴諮問委員会委員 松重 充浩
「近現代東アジア関係資料」(以下、「東ア資料」と略)は、山口大学図書館が公開する「貴重資料デジタルコレクション」の一つで、山口大学の前身の一つである山口高等商業学校(1905年設立)と同高等商業学校付設の「東亜経済研究所」(1921年付設の「調査部」を26年に「調査課」に仮称したものを33年に改組して設立、46年に閉鎖。49年設立の山口大学経済学部に同年中に付設された「調査室」を57年に「東亜経済研究所」と改称)が収集・所蔵した20世紀前半の東アジアで発行された資料から構成されています。
そこには、台湾総督府、朝鮮総督府、外務省、陸軍省、興亜院、地方自治体などの日本の行政機関やその付属機関が発行した資料が多数含まれています。加えて、南満洲鉄道株式会社、中国や台湾および朝鮮の居留民や商工団体あるいは企業など、東アジアで展開した日本の各種行政機関と密接に関係しながら活動した民間あるいは半官半民の諸組織が発行した資料も多数含まれています。
また、それらの資料の大半は、東アジア各地の社会経済状況に関する調査成果を反映したものとなっており、「東ア資料」の特長ともなっています。このことは、東アジアの経済界で活躍する人材の育成と、その実現に必要な調査・研究を校是の一つとしていた山口高等商業学校の性格が強く反映したものだったことは言うまでもありません。
と同時に、忘れてならないのは、山口高等商業学校や東亜経済研究所が、前述した各種行政機関が実施した諸調査の成果を社会に向けて発信する窓口になっていた点です。各種行政機関の調査成果は図書として発行されながらも、その大半は、必ずしも広く社会に向けて直接発信することを企図するものではなく、言わば「執務参考」的に諸機関内で利用される傾向を持つものでした。そのような発行物を、山口高等商業学校や東亜経済研究所は、自らが、あるいは東アジアで行政機関と密接に関連しながら活動していた同高卒業生たちからの寄贈を通じて、精力的に収集し同校内の学生や教員に公開していました。山口高等商業学校は、学内関係者中心という制限を持ちながらも、前述行政諸機関の調査成果を社会に向けて発信していく役割を結果として担っていたのです。
このことは、「東ア資料」に次のような意義があることを示唆しています。即ち、「東ア資料」には、東アジアを巡る行政諸機関の活動の何が社会側のいかなる意図の下に受容され、更には受容した社会側諸主体の活動にいかなる影響を与え、その結果惹起される社会実態に行政諸機関がいかなる対応をとるのかという、日本の対外関係展開実態を再構成して行く上で、貴重な情報を提供し得る可能性をもっているということです。今回、「東ア資料」が、アジア歴史資料センターデータベースに追加される所以の一つでもあると考えられます。今回の新規公開を通じて、日本とアジアの関係実態の歴史的解明に向けて、「東ア資料」とアジア歴史資料センター公開諸記録の利用がより一層進むことを切に願う次第です。