昭和16年(1941年)4月16日(米時間)
野村大使・ハル米国務長官会談、ハルは内面工作を経て日本より提出された「日米諒解案」を受け、これをふまえた日本政府の正式な訓令を要求 |
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「昭和16年4月17日野村大使発近衛外務大臣宛公電第二三三号(至急、外機密、館長符号扱)(写)」(1ページ)
(外務省外交史料館提供)
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昭和16年(1941年)4月16日(水)(米時間)、野村吉三郎駐アメリカ大使はハル米国務長官と会談します。それまでの日米間での非公式の遣り取りを通じてつくりあげられた「日米諒解案」を野村から受け取ったハルは、公式な交渉の開始に向けた日本政府の手続きを求めます。
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資料1:B02030714500 3 昭和16年4月17日(1画像〜2画像)
「昭和16年4月17日野村大使発近衛外務大臣宛公電第二三三号(至急、外機密、館長符号扱)(写)」 |
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資料2:B02030714500 3 昭和16年4月17日(3画像〜11画像)
「昭和16年4月17日野村大使発近衛外務大臣宛公電第二三四号(至急、外機密、館長符号扱)(写)」 |
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資料3:B02030714600 4 昭和16年4月17日から昭和16年4月21日(6画像〜11画像)
「昭和16年4月18日野村大使発近衛外務大臣宛公電第二三九号(大至急、館長符号扱、外機密)(写)」 |
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資料4:B02030714600 4 昭和16年4月17日から昭和16年4月21日(5画像)
「昭和16年4月17日野村大使発近衛外務大臣宛公電第二三七号(極秘、館長符号扱)(写)」 |
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昭和16年(1941年)4月16日、ハル米国務長官とその私邸に於いて会談した野村駐アメリカ大使は、ハル長官より、かねてより「内面工作」を行なってきた「両国諒解案(仮称)」に依って交渉するために日本政府より訓令を得て欲しいとの申し出を受け、「大局ノ為ニ」、「此ノ筋ニテ」交渉を進めるため本国へ訓令を求めました(資料1)。
資料2は、「両国諒解案(仮称)」の全文で、資料3は、その各条項に対する詳細な説明文です。
なお、資料4は、4月16日の会談の際にハル長官が述べた国際情勢認識を野村大使が本国へ伝えたものです。
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